新規日誌3
12
2021/06/11new

ほんの少し立ち止まって・・(校長室から)

Tweet ThisSend to Facebook | by 管理者
 机の上に書類がたまってくる、期日が迫った案件がある・・こんな時はどうしても目の前の仕事を片付けたくなり、周りのことが見えなくなってきます。自分から「忙しいオーラ」を発しているときは、周りを不快にすることはあっても、いい気持ちにさせることはありません。

 だから私は、一秒でも早くパソコンに向かいたくなる自分を感じたときは、自身に「少し立ち止まれ!」と言い聞かせることにしています。鏡で自分の顔を見て「ほらね。やっぱり難しい顔している。」と心を落ち着かせます。誰かと会うときは、パソコンの画面を閉じて、相手の目を見て、じっくりと表情も伺いながら、言葉にならないその人の思いを理解するように努めます。これは、相手が大人だろうと子どもだろうと変わりません。

 昨年度、感染症予防の観点から休校措置が講じられたことがありました。あの時以降、私は「学校の存在意義」というものを強く意識するようになりました。パソコンの画面越しに会話ができる時代ですが、直接顔を見合わせて会話したり、共通の体験をしたりすることで、画面越しには感じられなかった人の温もりや優しさを知ることができます。さらに自分とは違ういろいろな見方や考え方があることも発見できます。

 でも、こういった人の温もりやいろいろな見方・考え方を発見するためには、片手間ではなく、じっくりと相手に向き合うことが最低条件になります。だからこそ、学校という場こそ、忙しく時間が流れていくようなことではなく、人と人がじっくりと向き合える環境をつくっていく必要があると感じています。

 ご家庭においても、忙しい毎日の中ではありますが、ほんの少しの時間でも手を止めてお子さんの目を見て、じっくり話を聴いてあげると、もしかしたら今まで知らなかったお子さんの新たな一面を発見できるかもしれませんね。


13:51 | 投票する | 投票数(0) | コメント(0)
2021/06/04

想像力豊かな子どもに(校長室から)

Tweet ThisSend to Facebook | by 管理者

福田小に赴任して約2か月、この間に強く感じるのは、朝夕の登下校の様子を見守ってくださる方々、学校からの各種ボランティアに対して快く引き受けてくださる方々など、子どもたちは様々な場面で実に多くの大人に守られているということです。

 

先日の清掃ボランティア募集のお願いに対して、6月4日現在、26名の方に登録していただき、熱心に消毒作業などを行ってくださっています。子どもたちには、この方々がどういう思いで登録してくださったのかということを少し想像してほしいなあと思っています。

 

先日、長年登下校時の見守りをしていただいている地域の方が学校に見えてくださったことがありました。その方は「信号を急いで渡ろうとするために、左折するような車に巻き込まれそうになることが度々ある。万が一の事故につながってほしくないので、一緒に対策を考えてほしい」との話をしてくださいました。このことについても、地域の方々はどういう思いで朝夕の道路に立ってくださっているのかを想像を巡らせてほしいと願います。

 

 「学ぶことはかわること」とよく言われます。これは、様々なことを学ぶことで、今まで見えなかった視点から物事を見ると、全く違う見え方ができるようになるということです。つまり、多様な視点を持てることによって、周囲の様々な人の思いを想像することができ、自分の行動も律することができるようになると思うのです。

 

 岸 武雄さんという詩人が書いた「わたしはひろがる」という詩には、この「学ぶ」ことによる視野の広がりをよく表しています。一節を紹介します。

 

わたしは小さいとき、

おやつのお菓子が弟より大きくないとおこった。

じだんだふんで泣いたこともある。

わたしが世界のすべてであった。

わたしが世界のすべてであった。

 

やがてわたしは、弟もわたしと同じように、

大きいお菓子をほしがっていることが、わかってきた。

わたしはけんかしながらも、

同じように分けることをおぼえた。

 

ときには、弟があまりうまそうに食べるので、

自分のぶんも分けてやった。

弟といっしょにお菓子を食べると、

お菓子の分量はへったが、なんとなく楽しい。

こうして、わたしの中へ弟がはいってきた。

こうして、わたしの中へ弟がはいってきた。

 

毎日のニュースを見ると、自分のことしか考えられない、身勝手な大人が多いことにがっかりすることがよくあります。本校の子どもたちには、あのような大人にはなってほしくないと願います。人から何かをやってもらうのが当たり前ではなく、感謝の思いをもって自分の周りの人に役立つ何かをしようと考えられる子どもになってほしいと願います。


12:51 | 投票する | 投票数(0) | コメント(0)
2021/05/31

一隅を照らす(校長室から)※会礼あいさつ

Tweet ThisSend to Facebook | by 管理者

 皆の前でお話しするのは入学式・始業式以来となります。始業式の折に、みんなに期待する姿として「自分から」をキーワードに挙げたことを覚えてくれているでしょうか。

 

 今日までの約2か月をみんなと一緒に生活して、「自分から」挨拶をしてくれる子が増えたように思います。さらに、校内のごみを「自分から」拾ってくれたり、トイレのスリッパを整頓してくれたりする子も増えたこともうれしく思います。

 

 でも、みんなの中には、「おはよう」と挨拶したり、スリッパを整頓したりしても、自分には何の得にもならないと思った子はいませんか?確かにこのようなことをしたからと言ってお金をもらえるわけでもないし、拍手してもらえるわけでもないのです。では、なぜこのようなことをするのでしょうか?

 

 私は、先ほど、みんなの「自分から」の行動を「うれしく思う」と言いました。そうなのです。挨拶やスリッパの整頓は、その人自身が「得をした」とは思わなくても、知らず知らずに周りの人をうれしい気持ちにさせたり幸せな気分にさせたりしているのです。

 

 最澄というお坊さんの言葉で「一隅を照らす」という言葉があります。これは、家庭や学校、職場など、自分自身が置かれたその場所で、周りの人の心を暖かく照らしてあげるということです。

 

 各学級の授業を見ていると、誰に頼まれたわけでもないのに、分からなくて困っている子に「自分から」そっと寄り添い、教えてあげようとする姿にもよく出会います。これも「一隅を照らす」優しい行動だと思います。ぜひ「自分から」の行動は、まわりの人の役に立ち、まわりの人の心を暖かく照らすことができるということを覚えておいてほしいと思います。もしも、「自分から」何かを行うのは恥ずかしいなと思う子がいたら、自分への挑戦(チャレンジ)だと思って行動に移してみましょう。そして、私はこれからもみんなの「自分から」の行動を見つけられることを楽しみにしています。


14:31 | 投票する | 投票数(0) | コメント(0)
2021/05/28

子どもの心に思いを巡らす(校長室から)

Tweet ThisSend to Facebook | by 管理者

 私は、時間があれば各学級の授業を参観します。時には、欠席している子の席に座らせてもらい、少しの間、子どもたちと一緒に授業を受けることもあります。いつ行っても、どこに行っても穏やかな時間が流れています。子どもたちと先生が一緒になって何かを話し合っている風景、子どもが各自に何かに取り組んでいるので「この学級は自習かな」と思って覗くと、先生は誰かの横にそっと付き添っている風景、子どもたち同士でノートを持ちながら考えを伝え合っている風景…など、落ち着いた雰囲気で授業が進められているのを見ると、私までうれしくなります。


 放課後、職員室では、先生たちが子どもたちのことで何やら話し合っていることをよく見かけます。子どもの行動の奥にある、真の思いに想像を巡らせ、どのように支援していけばよいのか、どんな指導方法が適しているのかを考えてくれています。


 教師は子どもたちに「望ましい行動」を期待しながら日々指導を行いますが、子どもも人間ですので、教師の期待通りばかりには動くとは限りません。その時に、厳しく指導するのは簡単ですが、それでは子どもの心に私たちの思いは届きません。「なんで、そんな行動をとるのかなあ」と思いを巡らせ、気持ちを理解したうえで、さらにより良い行動があるならばそのスキルを教えてあげる…時間はかかりますが、子ども一人ひとりに寄り添った指導ができますし、なにより教師が感情的に指導することがグッと少なくなります。



 かく言う私もひどく反省することがありました。ある子が私のところに来て「〇〇さんという人、知ってる?」と話しかけてくれたのです。この子の話によると、この〇〇さんは私の昔の教え子だと言うのです。私はその子に、「その〇〇さんは、先生のこと、何か言ってた?」と聞いてみると「すごく怖かったって!」との答え。若かりし日々の指導を改めて反省するとともに、あの頃から約25年が経って、私も少しは成長できているのかなと校長室で考えこんでしまいました。


11:41 | 投票する | 投票数(0) | コメント(0)
2021/05/21

落ち着いた雰囲気の中で…(校長室から)

Tweet ThisSend to Facebook | by 管理者

 主幹教諭がバケツとトングを持って運動場のゴミ拾いをしているのは、毎朝の定番風景となっています。ある時、「なぜ、進んでこういったことをやっているのか」と尋ねると、「ゴミが落ちていると何となく気持ちがざわざわするのです。だからとても気になるのです」と答えてくれました。

 

 私の経験では、学校の「荒れ」は次の3つの順に広がっていくように感じています。まず、「場が荒れる」ところから始まります。ゴミが各所に落ちている、靴やトイレのスリッパがバラバラになる、教室の中が騒然となる…といった状況がこれに当てはまります。
 次の段階は「ことばが乱れる」状態です。「てめえ、ばかやろう」など言葉遣いが汚い、場をわきまえた話し方ではない、人を傷つける言葉や侮辱する言葉が飛び交うなどです。
 最後は「行動が荒れる」状態です。授業妨害や他の児童や教師への暴力・暴言などです。

 

 「荒れる」ことの反対が「落ち着いている」状態なので、上記3つの逆を心がければ「落ち着いた状態」といえるわけです。主幹教諭が毎朝やってくれているのはまさに「場を整え」ようとしてくれているのです。

 

さらに、先日主幹教諭からうれしい報告がありました。それは、「ゴミが落ちていたから拾ってきました。どうすればよいですか?」とゴミを自ら拾う子供の姿でした。この子たちのように、自分が生活する環境を自らきれいにしようとする意識が、全校児童の中に広がってほしいと願っています。

 

 私自身も、毎朝、校門の前に立って子供たちに「おはよう」の挨拶をし終わった後、学校周辺の道路や遊歩道を歩くようにしています。ペットボトルやお菓子のゴミが落ちているのを見るとがっかりした思いで拾ってくるようにしています。ゴミが落ちている状態は子供たちに見せたくないなあと思うのです。子供たちには、落ち着いた環境の中で、落ち着いた気持ちで生活してほしいと願っています。


16:01 | 投票する | 投票数(0) | コメント(0)
2021/05/17

「やらない」のか「やれない」のか…(校長室から)

Tweet ThisSend to Facebook | by 管理者

 子供の心を見つめ、深い部分を理解することはたやすいことではありません。特に、子供が教師の期待する行動を取らない時に、どうすればよいのでしょう。躾(しつけ)と称して、「なんで、あなたはそんなこともできないの!」と叱り飛ばすことは、教師が取るべき適切な行動と言えるのでしょうか。

 

私たちは、このような場合、まず「やらない」のか「やれない」のかを見極めようとしています。

例えば、授業中に先生が「〇ページの練習問題を静かに行いなさい」と指示したにもかかわらず、A君は、鉛筆も持たずにいつまでもボーっと窓の外を見ていたとしましょう。このA君の行動は、先生の指示に従わないものと捉えられがちですが、叱ったり注意したりするよりも先に、私たちは「やらない」のか「やれない」のかを見取る必要があると考えるようにしています。「やらない」のは意欲の問題ですが、「やれない」のは能力の問題だからです。

 

意欲の問題とは、例えば、授業前に友達と喧嘩したかもしれないし、登校前に何か嫌なことがあったかもしれない、さらには体の不調で勉強するどころではないかもしれません。このようなことから、体も心も風邪をひいて学習に身が入らないというものです。逆に能力の問題とは、問題を解きたくても理解できていないために解くことができないというものです。

 

このように、子供の行動の奥には、その行動を引き起こす理由が必ず隠されていますので、そういった見えないものを見ようとする意識が必要になります。上記の「なんで…」は教師が子供に言うべきセリフではなく、傍にいる教師自身が自問自答するセリフなのです。

 

体や心の不調が原因で学習に身が入らないならば、鉛筆を置いて調子が戻るまで安静にしておくように優しく声掛けしてあげることが、教師の役割と言えるでしょう。逆に分からないから学習を進められないのならば、理解できるまで個別に教えることこそ教師がやるべきことなのです。

さらに言えば、子供の行動の意味が分からない、「やらない」のか「やれない」のかが分からない場合もあります。こういったときは、迷うことなく私たちは保護者に相談をかけ一緒に考えるようにします。

 

 そうは言っても…分かっていてもついつい感情的に言ってしまうこともあるかもしれません。知らず知らずのうちに、子供を傷つけてしまっているようなこともあるかもしれません。そんな時は、教えてくださいね。私たちも、反省しながら、日々、子供たちとともに成長していきたいと思っていますから…。
12:32 | 投票する | 投票数(0) | コメント(0)
2021/05/14

見ていただけないもどかしさ(校長室から)

Tweet ThisSend to Facebook | by 管理者

 明日(5月15日)は学校公開日を予定していましたが、近隣施設での感染状況に加え、市内の感染拡大傾向が止まらないことなどを鑑み、保護者への学校公開はしないことを決断させていただきました(ただし、子どもたちへの土曜授業は計画通り実施します)。

 

 そもそも学校の歩みは保護者や地域の皆様とともにあるべきで、保護者側からしても、大事な子どもを預けている学校で、どのようなことが行われているのか、どのような子どもに育てようとしているのかを深く理解できないと、不安な思いに駆られるのではないかと思うのです。だからこそ、こういった機会に実際に参観していただくのがよいと考えていました。

 

 しかし、感染症の足音がすぐ近くまで迫っている不安を抱えながら、今、多くの保護者を校内に入れることもまた、適切ではないと考えました。昨日(13日)の夕方、学年主任等関係職員にも急きょ集まってもらい、私の不安な思いも伝えながら相談をしました。職員も皆、同様の思いを持っていて、「校長先生、来月にも参観会は予定されています。今回は残念ですが、きっと保護者の皆様も理解してくださると思いますよ。」と背中を押してくれる職員の声が、私に上記の決断をさせてくれました。

 

 本来ならば、子供自身が学習したいめあてを明確に持ち、自分の考えを友達との対話を通して変容させていく(深めていく)、そんな授業をお見せするはずでしたし、そのような授業を通して「学校は本気で取り組む、主体性のある子どもを育てたいんだな」と理解していただくつもりでした。ぜひ、6月25日(金)の参観会に御期待ください。

  

 余談ではありますが…上記の関係職員との話し合いを終え、一定の方向性が決まった後、私はある職員に「毎日、慌しくいろいろ頑張っているのに、全然前に進んでいない気がするなあ」と愚痴ってしまったところ、それを聴いた職員が「大丈夫です。職員は皆、確実に前を向いていますよ。」と言ってくれて救われた思いがしました。


11:18 | 投票する | 投票数(0) | コメント(0)
2021/04/30

先週の参観会でうれしかったこと(校長室から)

Tweet ThisSend to Facebook | by 管理者

 4月22()の参観会におきましては、多くの方に学校に足を運んでいただきました。1年生に至ってはほぼ全家庭の保護者に来校していただきましたし、全校平均でも約8割強のご家庭の保護者の皆様に授業を観ていただきました。

 

 さらにうれしかったことは、学校が講じた感染症対策に深いご理解とご協力をしていただいたことです。実は、(失礼ながら)参観会前に懸念していたことが一つだけありました。今回、「校舎内はマスク着用及び教室内は4名以下」とさせていただいたことで、廊下に密集空間ができないか、さらには保護者の方々が廊下でおしゃべりすることでの飛沫感染の恐れはないかということでした。しかし、そんな不安は杞憂に終わりました。

 

 教室内のみならず廊下においても、保護者の方々のおしゃべりはほとんどありませんでした。廊下側のドア越しや足元から静かに覗き込む方や、中には教室から漏れ聞こえる先生と子どもの声をじっと廊下で聴いていただいた方もいました。私はこういった姿を目の当たりにして、有難さと申し訳なさでいっぱいになりました。

 

 こういったことから、次回の学校公開日(5月15日実施予定)においては、保護者の参観方法を少々変更してもいいのかなと考えています。まず、一度に多くの方が来てしまうのは避けるため、1校時から4校時のそれぞれの時間に優先的に来ていただける方を苗字の最初の平仮名で限定させていただきます。しかし、来ていただいた方には1mの間隔を守って教室で参観していただいて良いのではないかと考えています。ただし、各教室内には二酸化炭素濃度測定器を設置しておりますので、一定基準を超えた場合は急遽、廊下に出ていただくことや窓を全開にするなどの措置を講じようと思います。

 

今回のコロナウイルス感染症は飛沫感染と接触感染が大きな要因であることを鑑みて、保護者同士のおしゃべりがないならば、「教室内4名以下」としなくても上記のような方法で感染症対策は図れると考えました。公開するならば、きちんと授業を観ていただき、授業をとおして子どもたちにどのような力をつけようとしているのかをしっかり理解していただきたいのです。

 

ただし、全国のみならず、市内の感染状況も上昇傾向にありますので、直近の状況を見て、公開方法を再度検討することがあることもご承知おきください。

 

感染症に留意されつつ、よい連休をお過ごしください。


12:57 | 投票する | 投票数(0) | コメント(0)
2021/04/28

1年生を迎える会(校長室から)

Tweet ThisSend to Facebook | by 管理者

 今日は、感染症予防の観点から、全員で集まることはかないませんでしたが、どの学年のビデオからも1年生のみんなを歓迎し、楽しい学校生活を送ってほしいとの強い思いはよく分かりました。

 

 私からは、有名な詩の一節を紹介したいと思います。もしかしたら、知っている子もいるかもしれません。

 

なんのために 生まれて

なにをして 生きるのか

こたえられないなんて

そんなのは いやだ!

 

なにが 君の しあわせ

なにをして よろこぶ

わからないまま おわる

そんなのはいやだ!

 

 これは、アンパンマンの生みの親である、やなせ たかしさんが作詞した「アンパンマンのマーチ」です。「何のために生まれ、何をしているのが幸せかも分からないなんて嫌だ!」と言っていますね。

 

 1年生の皆さんも上級生の皆さんが作ってくれたビデオを参考に、自分が得意なことや夢中になれることをいっぱい見つけてください。得意になれることや夢中になれることがやがて生きる意味になり、幸せの意味になります。みんなの一生懸命を私たちは応援しています。

 

 最後になりましたが、どの学年も心のこもったビデオ映像を作ってくれました。とても見やすいものでしたし、私までうれしい気持ちになりました。
 ありがとうございました。

 

 以上で、私の話を終わります。


12:41 | 投票する | 投票数(0) | コメント(0)
2021/04/09

PTA学級委員会・事業部会 校長挨拶(校長室から)

Tweet ThisSend to Facebook | by 管理者

 今年度も学校教育目標「本気の花をさかせる子」の具現化に向けてスタートしました。入学式・始業式そして学級開き以降、どの学年も順調なスタートが切れたように感じています。子どもたちの表情も概ね明るく、職員も「真に子どもを大事にする教育」を実践してくれていると感じています。今年度は96名の1年生が入学し、全部で602名になりました。

 

 先日の入学式において、私は、1年生保護者をはじめ、全ての出席者に対して、一人一人をかけがえのない存在として大切に育て、一人の子どもも一人ぼっちにしないという強い思いの下、すべての子どもの笑顔のために全力で取り組むことをお約束しました。

 

 さらに、始業式においては、「自分から」という言葉をキーワードとして挙げ、自分から先生や友達に挨拶したり声を掛けたりする、授業中自分から発表したり「分かりません」って言ったりする、困っている人がいたら自分から手を差し伸べる、ゴミが落ちていたら自分から進んで拾う・・など、みんなが自分から本気で取り組む姿を、私たちは応援するとお話ししました。

 

 さて、本校PTA規約を見ると、その目的として「児童の幸福を願い、保護者と教職員が協力してお互いの教育的教養を高めるとともに、明るい家庭や社会を作ること並びに学校教育の充実に努めること」とあります。私たちと保護者の皆様とは、子どもたち一人ひとりの笑顔を絶やしたくないとの思いは一緒だと思いますし、そのために連携を密に図りながら進めていきたいとも考えています。

 

 そのため、学校運営において様々な場面において、PTA役員の皆様を窓口に学校の思いをお伝えしながら相談をかけさせていただくことも多いかと思いますし、ときにお力を貸してほしいとお願いする場面もあろうかと思います。(私は、前任校において感染症対策を講じながらの行事などの実施にあたり、何度も相談し、保護者の思いを参考に、再検討したことも多くあり、PTA組織のありがたさを身に染みて感じている一人です。)

 

 PTAという組織は任意団体であり、加入も任意であることは大原則ではございますが、何卒子供たちのために、ともに手を携えて同じ方向に歩んでいければと思っていますし、PTAの活動自体が楽しいと思っていただけることを願っています。

 

 ぜひ、1年間、よろしくお願いいたします。 


15:55 | 投票する | 投票数(0) | コメント(0)
12
570550

福田っ子 ~  点 描  ~