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2021/06/04

想像力豊かな子どもに(校長室から)

Tweet ThisSend to Facebook | by 管理者

福田小に赴任して約2か月、この間に強く感じるのは、朝夕の登下校の様子を見守ってくださる方々、学校からの各種ボランティアに対して快く引き受けてくださる方々など、子どもたちは様々な場面で実に多くの大人に守られているということです。

 

先日の清掃ボランティア募集のお願いに対して、6月4日現在、26名の方に登録していただき、熱心に消毒作業などを行ってくださっています。子どもたちには、この方々がどういう思いで登録してくださったのかということを少し想像してほしいなあと思っています。

 

先日、長年登下校時の見守りをしていただいている地域の方が学校に見えてくださったことがありました。その方は「信号を急いで渡ろうとするために、左折するような車に巻き込まれそうになることが度々ある。万が一の事故につながってほしくないので、一緒に対策を考えてほしい」との話をしてくださいました。このことについても、地域の方々はどういう思いで朝夕の道路に立ってくださっているのかを想像を巡らせてほしいと願います。

 

 「学ぶことはかわること」とよく言われます。これは、様々なことを学ぶことで、今まで見えなかった視点から物事を見ると、全く違う見え方ができるようになるということです。つまり、多様な視点を持てることによって、周囲の様々な人の思いを想像することができ、自分の行動も律することができるようになると思うのです。

 

 岸 武雄さんという詩人が書いた「わたしはひろがる」という詩には、この「学ぶ」ことによる視野の広がりをよく表しています。一節を紹介します。

 

わたしは小さいとき、

おやつのお菓子が弟より大きくないとおこった。

じだんだふんで泣いたこともある。

わたしが世界のすべてであった。

わたしが世界のすべてであった。

 

やがてわたしは、弟もわたしと同じように、

大きいお菓子をほしがっていることが、わかってきた。

わたしはけんかしながらも、

同じように分けることをおぼえた。

 

ときには、弟があまりうまそうに食べるので、

自分のぶんも分けてやった。

弟といっしょにお菓子を食べると、

お菓子の分量はへったが、なんとなく楽しい。

こうして、わたしの中へ弟がはいってきた。

こうして、わたしの中へ弟がはいってきた。

 

毎日のニュースを見ると、自分のことしか考えられない、身勝手な大人が多いことにがっかりすることがよくあります。本校の子どもたちには、あのような大人にはなってほしくないと願います。人から何かをやってもらうのが当たり前ではなく、感謝の思いをもって自分の周りの人に役立つ何かをしようと考えられる子どもになってほしいと願います。


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福田っ子 ~  点 描  ~